これはもう、自力で稼げるようになるしかない!

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はじめまして。イズミンです。

 

 

 

延べ20年以上の長い長い雇われ生活にようやく終止符を打ち、知識もなくコネもない超初心者の状態で、まったくの畑違であるネットビジネスの世界に飛び込んだ40代独身です。

 

 

会社員の頃は、与えられた仕事をいかに効率よくこなして結果を出すかということばかりに必死で、自分の人生や本当の幸せについて真剣に考える余裕は無かったように思います。

 

 

不満を抱きながらも、気持ちの悪いぬるま湯にどっぷり漬かってなすすべがなく、抜け出せなくなっていました。

 

 

でも、ここから本気で抜け出したいと思い始めて行動に至ったのにはまぎれもなくこの経験があったからなので、無駄だったとは決して思いませんし、むしろよく頑張ったと自分を褒めてあげたいです。

 

 

会社に精いっぱい尽し、最後は心も身体も疲れ切ってしまうくらいにまでになってようやく気付いた、バカで不器用な生き方をしてきました。

 

 

40代にもなって気付くのが遅過ぎると言われればその通りかもしれません。

 

 

会社を頼らずに自分の力で稼げるようになるのは、早ければ早い方が良いに決まってます。

 

 

ですが、「このままではいけない」、「私の人生こんなもんじゃないはず」そんな強い思いのもと出会ったのがアフィリエイトビジネスでした。

 

 

私は、年齢、性別、経験、スキルなどは関係なく誰でもチャレンジできるアフィリエイトビジネスに出会ったことで、不安でいっぱいだった自分の人生に光明がさし、長い雇われ生活にようやく見切りをつけることが出来ました。

 

 

そして人生を逆転させるために日々邁進しています。

 

 

人の会社の利益を追求するために生きる事は、時間や場所、人間関係で大きな負担を強いられ大変だと思います。

 

しかも、毎月手に出来るお給料と言えば何とかやりくりして1か月をぎりぎりで生活出来るくらい。

 

そんな中、みなさん人生を逆転させる一手がなにかないものかと必死に探しています。

 

このブログに少しでも興味を持っていただけているということは、あなたもそのような思いを少なからずされているのではないかと思います。

 

 

ただ、そうはいっても確信や思いっきり背中を押してくれる何かがないと人はなかなか一歩を踏み出せないものですので、このブログがあなたの背中をそっと押すきっかけになればよいなと思います。

 

 

人は心の底から望む何かを成し遂げたいと思った瞬間から、道が開けるのではないかと思っています。

 

 

ただ、頑張る場所や方向を間違えてしまっては元も子もないのです。

 

 

人は雇われている状態では本当の自由は手に入らないという事が身に沁みて分かったからこそ、私はネットビジネスの世界に裸で飛び込みました。

 

 

ただの逃げとか、現実逃避とか、他人の主観で誰に何と言われようと構いません。

 

 

『私は、何にも縛られない、自由な生き方を選ぶ!』

 

 

そう思っています。

 

 

自由に興味がある方はぜひ一緒に自由を手に入れ残りの人生を楽しみましょう。

 

 

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このページは私の自己紹介のページですが、ほとんどは私がしてきた仕事や、仕事を通して感じてきたことや気持ちの変化、

 

 

また、どのような経緯でネットビジネスを始めたのか、なぜネットビジネスでアフィリエイトを選んだのか、などを綴っていこうと思います。

 

 

私がいかに不器用な生き方をしてきたかをさらけ出す内容となっています。

 

 

ご興味がありましたら是非最後まっで読んでいただけると嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手に職つけるため奮闘する日々

 

私の家は典型的なサラリーマン家庭で転勤族。

 

父は仕事一筋であまり家にいない人で、母はそんな父を献身的に支える専業主婦でした。

 

 

子供の頃は特に何不自由なく育ててもらいましたが、両親共に世間体や一般的な常識をとても気にするような性格でしたので、『女は安定した企業のOLになって、そこそこ働いたら社内恋愛とかして結婚するもの』というのが王道な考えでした。

 

 

一方の私は、OLや結婚というものになぜか微塵の憧れも持たない女の子でした。

 

 

人生の目標=結婚

 

 

みたいなことを言っている友人のことを内心は馬鹿にしていたような、ひねくれた女子でした。

 

 

けれど、特に大きな夢やずば抜けた特技があったわけでもなく、勉強も出来ない、部活も中途半端でなにひとつ一つ真剣に取り組んでこなかったので、全てが中途半端な自分に自信が持てず、強い劣等感を持っていました。

 

 

しかしそんな自分でも少しだけ自信があったことと言えば、「物を作る事」でした。

 

 

勉強はからっきし、運動はそこそこでしたが美術や工作の授業ではいつも何かしらの評価を得られる。

 

 

それもあっていつしか、なにか手に職なる物をつけたいと思うようになり、没頭するようになったのが、お花の世界でした。

 

 

始めて夢中になれることが出来て嬉しかった

 

 

 

お花の世界を極めたいと思った私は、まず主要な資格は全て取得してしまおう!ということで、色々なフラワースクールのカタログを取り寄せては吟味しました。

 

 

お花屋さんでフルタイムのアルバイトをしながら、仕事終わりにスクールに通う日々を3年くらい続けました。

 

 

当時のバイトの時給といえば、九州の田舎の最低賃金で650円。

 

 

お金は無かったですが、実家暮らしでどうにかやりくりしながら、順調に最終目標であった講師の資格まで順調に取得していきました。

 

 

その間には年に1度の主要都市で開かれる展覧会にも出店し、何度か賞もいただくなどの経験も積んでいきました。

 

 

そうしているうちに仕事の後輩もできて、気付けば中堅スタッフになっていました。

 

 

始めのうちは知識も技術もなかったので、勉強したい気持ちでバイトを始めたので働く環境という事をあまり意識していなかったのですが、今考えると会社はそれに漬け込んでいたんですよね。

 

 

今の時代では考えられないですが、なんと3年間時給は1円も上がらず、週5日のフルタイム勤務なのにもかかわらず、保険にも入っていませんでした。

 

 

さすがに3年働いてこの環境には将来性を感じられず、新天地を求めて退職しました。

 

 

その後は縁あって、花業界では最大手の企業に契約社員として入社しました。

 

 

その会社は、ホテルや結婚式の装飾の花を手掛ける会社でだったのでほとんどの店舗はホテルの中に作業場があり、私は地元の一等地に建つ某有名ホテルの担当部署に配属されました。

 

 

ここからまた新たなキャリアを積んで、業界で自分なりの存在感を出していけるように頑張ろう!

 

 

順調にステップアップしていると実感しながら夢と希望に満ち溢れていました。

 

 

ところが・・・私はそれ以降、地獄のような日々を送ることになるのです。

 

 

想像もしていなかった事態へ

 

 

定時は18時のはずでした。

 

 

初日だし、仕事はひと段落したようだし、そろそろ終わりかな〜と思ったところが他の人達は一向に帰る気配がないんです。

 

 

それどころか、どんどん仕事を振られる・・・あれ?なんか雰囲気おかしいな・・・

 

 

結局、初日の私は9時から21時まで働きましたが、他の人達はまだ帰らない様子でした。

 

 

多少の不信感を抱きながらの2日目。

 

 

帰っていいよと言われたのが22時。3日目以降はほぼ毎日終電かタクシー・・・

 

 

もうお気づきかとは思いますが、私が配属された先は毎日15時間以上拘束のブラック部署だったんです。(あえて部署と書いたのは、別の部署はここよりは普通だったからです)

 

 

その原因は怒涛のように仕事が忙しいというよりも、取り仕切る店長が酷かったからなのですが、仕事よりも店長の機嫌取りを優先させるような、意味の分からない職場でした。

 

 

休みがいつなのかもわからない状態で、深夜の帰り間際に気まぐれのように告げられる翌日の休日。

 

 

なのに休むこと自体が気まずい雰囲気・・・

 

 

本当に酷い日は、翌朝一番に必要なブライダル装花の準備がまだぜんぜん終わっていないのにも関わらず、ホテルの人達が宴会残りのお惣菜を作業場に持ち込み、23時くらいからプチ宴会が始まります。

 

 

私は一番嫌いなお酌をさせられました。

 

 

私はなんでこんなところに来てしまったんだろう・・・

 

 

自分の置かれている状況が信じられず、夢と希望は一気に打ち砕かれ苦痛の日々を送ることになったのです。

 

 

挫折からの脱却

 

 

両親はもともと私がお花の仕事に没頭している事にはあまり興味がなかったのですが、業界最大手の会社に入ったことはとても喜んでいました。

 

 

事を大きくされるのが目に見えていたので、両親には職場の最悪な状況は言わないようにしていましたが、私の帰りが異常に遅くて朝は早いので不審に思い始めました。

 

 

それからというもの、毎日のように「そんな会社は今すぐ辞めろ!花に拘るのはもう辞めて普通の仕事をしろ!」と責められました。

 

 

もちろん親なので私の将来を思っての事なのは分かっていましたが、辛かったです。

 

 

だって、ここからキャリアを積んで頑張りたいと思っていたから・・・

 

 

最悪な環境でしたが、異動できる可能性もありましたし直ぐには判断できなかったんです。

 

 

ですがやっぱり、毎日屈辱的な思いで働かされることに耐えられず、半年で辞めてしまいました。

 

 

業界最大手と言われる会社があまりに酷い環境だったという事がトラウマになり、私はお花の仕事そのものが嫌になってしまいました。

 

 

それからというもの私は自分に対して完全に自信を失い、やりたい事も無く働く気力もなくなり、実家で1年間ほど、ほぼ引きこもりのような暮らしをしていました。

 

 

26歳。同年代の友人は順調にキャリアを積んでいる人もいれば、結婚して家庭を持つ人もいて、それぞれの生活の基盤を徐々に積み上げていっている時期。

 

 

かたや私は、仕事に挫折し、お金もない、気力もない、結婚もしない、実家で自分の部屋に引きこもるニート生活・・・

 

 

申し訳ないとは思いつつ、親ともできるだけ顔を合わせないようにしました。

 

 

当時は5年付き合っていた優しい彼氏がいて、そんな私をとても気遣ってはくれましたが、この状況で結婚は考えられませんでした。

 

 

もちろんその彼に救われる部分はとても大きかったですが、その時の自分には「感謝」という気持ちが全くありませんでした。

 

 

全てに引け目を感じ、どんどん自信を失い、こんなに落ちぶれてしまった自分が嫌だという気持ちだけでいっぱいいっぱいでした。

 

 

どうにかしないとこのままでは本当に腐ってしまう・・・

 

 

そんな思いが芽生えだした頃、たまたま見ていた求人雑誌に見覚えのあるロゴを見つけました。

 

 

私がお花の勉強を始めた頃、とある商業施設に一風変わった観葉植物のお店があったのです。

 

 

植物だけではなくインテリア性が高い花瓶や雑貨、植え込みなどが並び、洗練されていておしゃれなのにどこか親しみやすい。

 

 

お花は一切なくグリーンだけの空間・・・

 

 

素敵!こんなお店で働いてみたい!仕入れや販売の仕組みを知りたい!当初そう感じていた店を運営する会社が求人広告を出していたのです。

 

 

直ぐに応募しましたが待てど暮らせど連絡がない・・・

 

 

諦めかけた頃にやっと面接希望の連絡があり、植物の販売経験があった私は一発合格したのです。

 

 

 

水を得た魚のように働きまくった結果

 

3回目の転職で入社した会社は、都心の商業施設や路面店などにいくつも店を構えるような会社でした。

 

 

私は憧れのショップで働けるようになった事の喜びでワクワクしていました。

 

 

代替わりで就任した2代目社長(元社長の息子)はとても斬新なアイデアの持ち主で、東京と大阪への出店を成功させたことを川きりに、次々と新しい店をオープンさせていて会社として伸び盛りの時でした。

 

 

そんな会社に身を捧げ、私は水を得た魚のように仕事に没頭しました。

 

 

入社二年目で関東地区に転勤し、新規出店や催事のために色々な店舗を回りながらスキルを身に付けました。

 

 

数年後地元に戻ってからは、店長としていくつかの店舗を担当しそれなりに結果も出してきました。

 

 

仕事に対する自分なりの考えや拘りも備わってきて、トラブルがあった時はむしろこの状況にどう対応していこうか、なんてところにモチベーションを抱くようにさえなっていました。

 

 

なので良いか悪いか会社にはとても重宝されました。

 

 

今思えば、多少無理言ってもどうにかしてくれる都合の良い社員だったと思います。

 

 

最終的には統括マネージャーとして10店舗ほどのお店の運営や店長のフォローなどをする本社の仕事を任されるまでになっていました。

 

 

転勤や異動を計8回繰り返し、決して順調だったとは言えませんが会社に尽くしてそれなりに結果を出してきたので、自分で言うのもなんですが同世代の中では出世した方だと思います。

 

 

会社に尽くせば尽くすだけ状況は厳しくなる

 

 

今の時代は一つの会社に5年以上も務めていれば、それだけで「凄いね」と言われる時代です。

 

 

なので16年以上も同じ会社にいたとなると、友人からは、よほど居心地が良い会社なのだろうと言われていました。

 

 

確かに、ある一定の時期までは居心地が良かったかもしれません。

 

 

次々と起こる変化を活力に変えられるほどの気力と体力があったころは、目の前の仕事や結果を出す事ばかりに気を取られていてましたし。

 

 

必ずその先に明るい未来があるのだと、毎週火曜日の朝礼で信じ思い込こまされていました。

 

 

 

でも、だんだん気付いてくるんです。

 

 

 

お店は常にギリギリのスタッフで回しているのでそう簡単に休めませんし、店長になればたとえ公休日でも他のスタッフに気を使わなければなりません。

 

 

都市型の商業施設は台風だろうと大雪だろうと誰かが店を開けなければいけませんし、年末年始やゴールデンウィーク、お盆なんかの、世間一般でいう大型連休なんて

 

 

もちろんありません。商業施設によっては年中無休で営業するところもありますから、大晦日には翌日の初売り準備のために深夜まで残業して、家に帰りつく頃には年が明けていた・・・

 

 

なんて時にはさすがに何とも言えない虚しさがあります。

 

 

新規出店ともなれば、通常の仕事に加えてやらなければならないことが増えるので負担は大きいですし、オープン前後は休みなく深夜まで残業です。

 

 

しかも、会社の要望に応えようといくら頑張っても、月に貰えるお給料は1か月をギリギリで生活できるくらい・・・

 

 

マネージャーになったらなんと!残業が付かなくなったのでよほどの結果を出さない限りは昇給は皆無でした・・・

 

 

会社員は長くいればいるほど責任だけが増えて、収入は増えないとはまさにこのことです。

 

 

 

 

30代後半になり、ある程度のポジションも確立しているのにお給料が全然増えない現実・・・

 

 

繁忙期のあとは体調を崩すようになり、昔のように気合だけでは乗り切れない体力の限界を感じている自分・・・

 

 

 

いつになったら長期休暇が取れるようになるんだろう・・・

 

いつになったら仕事が楽になるんだろう・・・

 

いつになったら、満足な収入が得られるんだろう・・・

 

いつになったら、お金の心配をしなくてよくなるんだろう・・・

 

わたしはいったい、何のために、誰のために、こんなにあくせく気が休まらない日々を送ているんだろう・・・

 

 

この状況で働き続けることは到底できない。

 

 

なんとか人生を好転させる一手はないものか!

 

 

いつしか、私はこんな風に考えながら仕事をするようになっていました。

 

 

周りでは、ある意味責任のない人たちが結婚や気まぐれであっさりと会社を辞めていく・・・・

 

 

そういった人たちを横目に見ながらも、実は羨ましく感じていました。

 

 

先が見えず、精神的にとても辛かった時期です。

 

 

 

最大の精神的苦痛は両親との関わり

 

 

私の家は典型的なサラリーマン家庭で転勤族。父は仕事一筋であまり家にいない人で、母はそんな父を献身的に支える専業主婦です。

 

 

子供の頃は特に何不自由なく育ててもらいましたが、世間体や一般常識をとても重視する両親だったので、甘やかされた記憶はありません。

 

 

出張や異動を繰り返し、不規則で休みもまちまちな私の仕事を、両親は良く思っていませんでした。

 

 

それに加えて結婚の予定もない・・・

 

 

なので仕事から帰るといつも不満を言われて毎日のように口論になっていました。

 

 

そんなストレスに耐えきれず、私は実家を出て独り暮らしをしていました。

 

 

両親の中の常識から外れた私は本当に何とかしたい対象だったのでしょう。(私は3人兄姉の末っ子で、他2人は既に結婚して上京していました)

 

 

ある時から異常なほど私に執着するようになったんです。

 

 

 

結婚のことはどう考えてるの?

 

将来はどうしていくつもりなの?

 

いつまでこの仕事するつもり?

 

資格を取って定年まで働ける安定した会社に転職しなさい。

 

土日が休みの仕事を選びなさい。

 

私たちの言うことを聞かないからあなたは惨めな状況になっていることに気づきなさい。  

 

将来1人でどうやって生きていくつもりなの。                             etc etc・・・

 

 

事あるごとに呼び出されて、毎度毎度同じことをきかされ顔を合わせる度に喧嘩になりました。

 

 

「そんなことわざわざ言われなくても、一番なんとかしたいと思っているのは私なんだよ!!」って。

 

 

だからといって、なんでもいいわけじゃありませんし、私は私自身がが興味がある事、好きな事、好きな人を選んで生きて生きたい。

 

 

ただそれだけなんです。

 

 

業を煮やした両親は私のそんな声には耳を傾けずることなく、私の知らないところで勝手に結婚相談所に申し込み、両親が選んだ男性のデータを見せてきたり、顔を合わせるのが本当に嫌で連絡を取らないようにしていると、私が働く店までやってきて話を聞かないと店先で怒鳴られたこともあります。

 

 

親のエゴは恐ろしいです。

 

 

そんな状況が長く続くと精神的に滅入ってしまい、特にその頃は本当に情緒不安定で、一人でいると勝手に涙が出てきました。

 

 

頭に500円玉くらいの大きなハゲが二つもできてました。

 

 

ですが仕事をしているときは目の前の事に集中できたので、現実逃避をするかのようにさらに仕事に打ち込みました。

 

 

少しでも前向きに考えられるようになろうと、コーチングを受けたり、引き寄せなどのスピリチュアルの本を読んだり、コミュニティに参加したりして自分を見失わないように努力もしてきました。

 

 

良くも悪くも親の影響は絶大です。親が子に良かれと思ってすることはその殆どが子供の足を引っ張ると考えておいても大げさではないです。

 

 

いっそ親の言うことを何の疑いもなく受け入れる主張のない子供になった方がどれだけ楽だろうかとも思ったくらいです。

 

 

でももしそうなったら最後、自由に自分らしく生きるなんて到底できるわけありませんよね。

 

 

 

ふつふつと芽生えだす自由への願望

 

 

・頑張っても頑張っても豊かにならない環境。

 

・体力と気力の限界。

 

・親はまともに関われない、苦しい関係、葛藤。

 

 

30代後半にして先の見えない現実に苦しみましたが、「このままではいけない」という強い思いは消えていませんでした。

 

 

自分の人生こんなこんなもんじゃない。このままで終われるはずがない。

 

 

ただ、新たにやりたいことが無く悶々とする日々が暫く続きました。

 

 

転職活動をしてみてもワクワクしないし、会社が変わるだけで状況は変わらないことは分かっていました。

 

 

独立して自分一人で回せるくらいの小さな店を持つことも考えましたが、今まで複数の店舗を抱えてきたので在庫を持つことのリスクや、お店を持つ事によって身動きが取れなくなるストレスは十分に理解していました。

 

 

それになるべくなら人とも会いたくないというところまで神経はすり減っていましたし、そもそもお店を出せるような資金などどこにもありません。

 

 

何をどうしてよいのか分かりませんでしたが、今までの経験からこれだけは嫌だということは明確に分かっていました。

 

 

・ひとつの場所に縛られたくない 

 

・誰からも干渉されたくない(人と会いたくない)

 

・時間に追われてせかせかしたくない

 

・お金の心配をしたくない

 

・通勤をしたくない

 

・穏やかな気持ちで暮らしたい

 

 

そんな感じで悶々としながらもいずれ退職することを見越して、副業として一人で始められることはないかと夜な夜なネットで検索しまくる日々。

 

 

そうしているうちに、ネットで仕事が出来ないかと思い始め、たまたまヒットしたのがアフィリエイトというものでした。

 

 

 

導かれるがままにアフィリエイトで生きていく事を決断

 

 

ちょうどその頃、会社で耐えがたい人事通達がありました。

 

 

私が唯一、社内で一緒に働きたくないと思っていた大嫌いな人と、10年ぶりにまた同じ環境で働かなければならなくなったのです。

 

 

それを知った時、もう会社を辞めていいよと誰かに背中を押された感じがしてなりませんでした。

 

 

アフィリエイトはまだスタート地点にも立てていませんでしたが、思い切って会社を辞めることにしました。

 

 

一緒にいたい人は自分で選びたいし、私にはその権利があるはず!

 

 

会社には色々な事を言って引き留められましたが、もう他人の利益のために自分を犠牲には出来ないと思いました。

 

 

アフィリエイトの存在を知ってからというもの、自由への願望が日に日に増して、我慢しながら働く事が本当にばからしくなりました。

 

 

通勤する事さえ時間を無駄にしていると思うようになりました。

 

 

こんなことに気づくまでに随分長いことかかりましたが、一生気付けない人もいるので気付けた自分を誉めてあげたいです。

 

 

その頃にはもう会社を辞めることを決意しました。

 

 

微々たる蓄えと家賃や食費などの必要経費を洗い出して、6か月後にはアフィリエイトで収入を得られるようになろうと決めたのです。

 

 

 

一度は挫折。押し迫る不安の日々に一筋の光

 

 

会社を辞めよう決めたころ、なんだかよくわからないけどアフィリエイトというものに可能性を感じた私は早々に独学でブログの立ち上げに着手しました。

 

 

パソコンは初心者並みでビジネススキルは皆無でしたが、ネットで検索しながら見よう見まねで、最初はワードプレスで自分のブログを作りました。

 

 

しかしそれから何をどうしたら良いのかさっぱり分からなかったので、出来るだけ最短で結果を出したいという思いである初心者向けのコンサルに申し込みました。

 

 

2か月間のコンサルでしたが、その時に立てた目標の、『半年後にはアフィリエイトで月収30万稼げるようになる』 を目指して取り組みました。

 

 

それから2か月間、コンサルの流れ通りに比較的順調に事は進んでいたと思いますが・・・・後から思えばとっても遠回りをさせられました。

 

 

2か月後の成果は、ハピタスポイント約26000円分と、プロフィールも何もないコンテンツがスカスカのままやっとグーグルアドセンスの審査に通ったブログサイト・・・

 

 

そして、ハピタスポイントを獲得するために登録した大量のクレジットカードやFXのアカウント登録完了の証明書たち・・・

 

 

2か月後、次の段階に進むための高額なコンサルの勧誘がありましたがそれには申し込まず。

 

 

やはり自力でブログを充実させようという考えに至り、ネットの情報を頼りに色々と試みた結果・・・挫折。

 

 

大切なお金を無駄にしてしまった後悔と、頑張れなかった自分が情けないのと、その後は何に向かって進めばよいのかも定まらず気ずけは仕事をしなくなって丸5か月が経っていました。

 

 

計画ではアフィリエイトで収入を得ている頃・・・・なのに何一つ結果を残せていない現実。

 

 

貯金の底がうっすら見えてきたとき・・・・猛烈な不安が襲ってきました。

 

 

このままでは本当にヤバイ!また人に使われる労働人生に逆戻りなんて絶対に嫌だ!

 

 

不安に押しつぶされそうになりながらも私の頭にはまた雇われるという考えはありませんでした。

 

 

せっかく会社から解放され自由になってやりたいことをやって、あとは経済的自由を手にするだけで本当にハッピーな生活を送れるようになると分かっているのに、ここで諦めるなんてばかだと思いました。

 

 

そんな思いでいたとき、正に私の心の内を代弁しているかのように思えるあるブログに出会ったのです。

 

 

その内容は、本当に幸せな世界は4つの自由を手に入れることで得られるのだだというブログ作者の強い信念が、静かに、熱く語られていました。

 

 

4つの自由とは、時間、場所、人、経済の自由です。

 

 

夢中で読み進めてみるみる引き込まれる自分がいました。

 

 

一度は諦め途方に暮れていたところでしたが、進むべき方向に光が照らされ、よどんだ心がぱーっと明るくなった感覚。

 

 

私が望むことは間違っていなかったという確信。

 

 

そうして私はそのブログやメルマガのおかげで、もう一度アフィリエイトに挑戦しようと心に決めたのでした。

 

 

ここから、私のアフィリエイト物語がはじまりです。

 

 

こちらの記事もどうぞ
私が本気でアフィリエイトをやろうと思ったきっかけ