イズミンストーリーを開いていただきありがとうございます

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はじめまして。イズミンと申します。

 

 

16年以上勤めた会社を辞めて、超初心者状態でネットビジネスの世界に飛びこんだ、アラフォー独身女性です。

 

 

会社員として働き続けることに精神的にも体力的にも漠然とした不安を抱えていたときに、ネットビジネスで生計を立てながら自由に生きるという選択肢を見つけ、すぐさま着手したものの2度の挫折・・・

 

 

これではダメだと、ネット上でお金を稼ぐことの本質や考え方を一から学び、そこで得た知識や経験をもとにこのブログを作りました。

 

 

このブログでは、会社の給料だけに頼らない 『自分の力でお金を稼ぐスキルを身に付ける事』への重要性や、その方法について情報発信をしています。

 

 

また、私自身の事や日ごろの出来事で感じた事など、ビジネスに関係ない事もたまに記事にしています。

 

 

ネットを活用し自力でお金を稼ぐことができれば、人間の悩みの殆どは解消されて『精神的自由の境地』に行けると本気で思っていますので、興味がある方はぜひ読んでみてくださいね。

 

 

趣味
・自然の中を散歩する
・観葉植物を育てる
・ 料理好きの彼と一緒に料理を作る、食べる
・録画したドラマや映画を観る
・読書(ビジネスや考え方に関する書籍)
・フリマアプリ(断捨離)

 

 

 

イズミンとはどんな人?

前職ではリアル店舗で観葉植物やインテリア雑貨などを扱う会社で接客や店舗運営の仕事をしていました。

 

 

職業がら、職場で売れなくなった観葉植物たちを自宅に持ち帰り育てていたので、私のベランダには所狭しと植物が並び緑に溢れています。

 

 

仕事は好きでしたがそれなりに責任あるポジションに就いていたため、社用のスマホを持たされ時間外でも休日でも容赦なく電話が掛かってくるので追われるような精神状態で働いていました。

 

 

今は退職し派遣の仕事に切り替え自分の時間を確保しつつ、ブログで情報発信をしています。

 

 

始めた当初はのネットビジネスなどどは無縁な仕事をしていたこともあり、知識もコネもない超初心者の状態で、パソコン操作も初心者並み状態でネットビジネスの世界に飛び込んだわけです。

 

 

会社員の頃は、与えられた仕事をいかに効率よくこなして結果を出すかということばかりに必死で、自分の人生や本当の幸せについて真剣に考える余裕は無かったように思います。

 

 

先ほども少し触れましたが、会社に求められるまま一生懸命頑張って働き、出世して責任のある仕事を任されるようになればなるほど、どんどん自由が奪われていきました。

 

 

そのことに不満や不安を抱き、状況が変わることを会社に期待しながら生きる日々。

 

 

文句を言いながらも気持ちの悪いぬるま湯にどっぷり漬かってしまった状態で、身動き取れないまま会社にい続けた結果、心も身体も疲れ切ってしまいました。

 

 

それである時から体調を壊しやすくなったことがきっかけで、「会社のために働く人生はもうやめたい、自分を大事にする生き方をしたい」

 

 

このように思うようになり、在宅で、尚且つ会社員より稼げる可能性のあるネットビジネスに着手した次第です。

 

 

40代にもなって動くのが遅過ぎると言われればその通りかもしれませんね。

 

 

会社に頼らずに自分の力で稼げるようになるのは、早ければ早い方が良いに決まっています。

 

 

ですが、そのようにとことん会社員をやりつくしたからこそ芽生えた想いがありました。

 

「このままではいけない」
「私の人生こんなもんじゃないはず」
「これからはもっと自由に生きたい!

 

 

そんな強い思いが芽生え始めていた時に出会ったのがアフィリエイトビジネスでした。

 

 

年齢、性別、経験、スキルなどは関係なく誰でもチャレンジできるアフィリエイトビジネスに出会ったことで、先が見えずに不安でいっぱいだった心に、ぱあっと光明がさしたような感覚に陥りました。

 

 

これで会社に縛られる生き方にようやく見切りをつけられると思いました。

 

 

何度か挫折もしましたが、今は本物の自由な暮らしを手に入れるために、日々邁進しています。

 

 

会社員は頑張っているからこそ自由を目指そう

他人の会社の利益を追求するために生きる事は、時間や場所、人間関係で大きな負担を強いられ大変だと思います。

 

 

しかも、毎月手に出来るお給料と言えば何とかやりくりして1か月をぎりぎりで生活出来るくらい。

 

 

そんな中、みなさん人生を逆転させる一手がなにかないものかと必死に探しています。

 

 

このブログに少しでも興味を持っていただけているということは、あなたもそのような思いを少なからずされているのではないかと思います。

 

 

でも、そうはいってもビジネスへの確信や思いっきり背中を押してくれる何かがないと、人はなかなか一歩を踏み出せないものですよね?

 

 

たから、このブログがあなたの背中をそっと押すきっかけになればよいなと思います。

 

 

人は心の底から望む何かを成し遂げたいと思った瞬間から、道が開けるのではないかと思っています。

 

 

ただ、頑張る場所や方向を間違えてしまっては元も子もないのです。

 

 

会社に縛られている状態では本当の自由は手に入らないという事が身に沁みて分かったからこそ、私はネットビジネスの世界に飛び込みました。

 

 

いい年してただの逃げとか、現実逃避とか、そんなの無理だよとか、他人の主観で誰に何と言われようと構いません。

 

 

働き方やお金の稼ぎ方は多様にもあります。

 

 

ただ私は、ネットを活用して自力でお金を稼ぐことができれば、人間の悩みの殆どは解消され『精神的自由の境地』に行けると本気で思っています。

 

 

『私は、何にも縛られない、自由な生き方を選ぶ!』

 

 

そう思っています。

 

 

自由に興味がある方は、ぜひ一緒に本物の自由を手に入れて残りの人生を楽しみましょう。

 

 

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ここから先はほとんどは私がしてきた仕事や、仕事を通して感じてきたこや気持ちの変化、どのような経緯でネットビジネスを始めたのか?などどを書いています。

 

 

私がいかに不器用な生き方をしてきたかをさらけ出す内容となっていますが、ご興味がありましたら是非最後まで読んでいただけると嬉しいです。

 

 

 

手に職つけることに夢中になった日々

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私の家は典型的なサラリーマン家庭で転勤族。

 

父は仕事一筋であまり家にいない人で、母はそんな父を献身的に支える専業主婦でした。

 

 

子供の頃は特に何不自由なく育ててもらいましたが、両親共に世間体や一般的な常識をとても気にするような性格でしたので、『女は安定した企業のOLになって、そこそこ働いたら社内恋愛とかして結婚するもの』というのが王道な考え方でした。

 

 

一方の私は、OLや結婚というものになぜか微塵の憧れも持たない女の子でした。

 

 

人生の目標=結婚

 

 

みたいなことを言っている友人のことを内心は馬鹿にしていたような、ひねくれた女子でした。

 

 

けれど、特に大きな夢やずば抜けた特技があったわけでもなく、勉強も出来ない、部活も中途半端でなにひとつ真剣に取り組んでこなかったので、全てが中途半端な自分に自信が持てず、強い劣等感を持っていました。

 

 

しかしそんな自分でも少しだけ自信があったことと言えば、「物を作る事」でした。

 

 

勉強はからっきし、運動はそこそこでしたが美術や工作の授業ではいつも何かしらの評価を得られる。

 

 

それもあっていつしか、なにか手に職なる物をつけたいと思うようになり、没頭するようになったのがお花の世界でした。

 

 

始めて夢中になれることが出来て嬉しかった

 

 

 

お花の世界を極めたいと思った私は、まず主要な資格は全て取得してしまおう!ということで、色々なフラワースクールのカタログを取り寄せては吟味しました。

 

 

お花屋さんでフルタイムのアルバイトをしながら、仕事終わりにスクールに通う日々を3年くらい続けました。

 

 

当時のバイトの時給といえば、九州の田舎の最低賃金で650円。(いつの時代!?って思いますよね汗)

 

 

もお金は無かったですが、実家暮らしでどうにかやりくりしながら、順調に最終目標であった講師の資格まで取得していきました。

 

 

その間には年に1度、東京で開かれる展覧会にも出店し、何度か賞もいただくなどの経験も積んでいきました。

 

 

そうしているうちに仕事の後輩もできて、気付けば中堅スタッフになっていました。

 

 

始めのうちは知識も技術もなかったので、勉強したい気持ちでバイトを始めたので働く環境という事をあまり意識していなかったのですが、今思えばそんな考えで働くことは、家族経営の中小企業にとっては非常に都合が良いわけですね。

 

 

今の時代では考えられないですが、3年間時給は1円も上がらず週5日のフルタイム勤務だったのにもかかわらず、保険にも入っていませんでした。

 

 

さすがに3年働いてこの環境には将来性を感じられず、新天地を求めて退職しました。

 

 

その後は縁あって、花業界では最大手の企業に契約社員として入社しました。

 

 

その会社は、ホテルや結婚式の装飾の花を手掛ける会社でだったのでほとんどの店舗はホテルの中に作業場があり、私は地元の一等地に建つ某有名ホテルの担当部署に配属されました。

 

 

ここからまた新たなキャリアを積んで、業界で自分なりの存在感を出していけるように頑張ろう!

 

 

順調にステップアップしていることを実感しなが、心の中は夢と希望に満ち溢れていました。

 

 

ところが・・・私はそれ以降、地獄のような日々を送ることになるのです。

 

 

転職失敗、そしてニートへ落ちぶれる

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定時は18時のはずでした。

 

 

初日だし、仕事はひと段落したようだし、そろそろ終わりかな〜と思ったところが他の人達は一向に帰る気配がないんです。

 

 

それどころか、どんどん仕事を振られる・・・あれ?なんか雰囲気おかしいな・・・

 

 

結局、初日の私は朝9時から21時まで働きましたが、他の人達はまだ帰らない様子でした。

 

 

多少の不信感を抱きながらの2日目。

 

 

帰っていいよと言われたのが22時。3日目以降はほぼ毎日終電かタクシー・・・

 

 

もうお気づきかとは思いますが、私が配属された先は毎日15時間以上拘束のブラック部署だったんです。(あえて部署と書いたのは、別の部署はここよりは普通だったからです)

 

 

その原因は怒涛のように仕事が忙しいというよりも、取り仕切る店長が酷かったからなのですが、仕事よりも店長の機嫌取りを優先させるような、意味の分からない職場でした(今でいうパワハラにあたりますね)

 

 

休みがいつなのかもわからない状態で、深夜の帰り間際に気まぐれのように「明日休みね」と告げられる休日。

 

 

なのに休むこと自体が気まずい雰囲気・・・

 

 

たった1日の休み明けにはなぜか「お休みいただきありがとうございました」と言わなきゃならない。(意味わかりませんよね)

 

 

本当に酷い日は、翌朝一番に必要なブライダル装花の準備がまだぜんぜん終わっていないのにも関わらず、ホテルの人達が宴会残りのお惣菜を作業場に持ち込み、23時くらいからプチ宴会が始まります。

 

 

私は一番嫌いなお酌をさせられました。(ホテルの人たちは息抜きになればと好意でやってきてくれているのですが、もちろん仕事が終わっていない事は知りませんし、バカ店長が受け入れるからです)

 

 

私はなんでこんなところに来てしまったんだろう・・・

 

 

自分の置かれている状況が信じられず、夢と希望は一気に打ち砕かれ苦痛の日々を送ることになったのです。

 

 

挫折からの脱却(前職との出会い)

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両親はもともと私がお花の仕事に没頭している事にはあまり興味がなかったのですが、業界最大手の会社に入ったことはとても喜んでいました。

 

 

しかし事を大きくされるのが目に見えていたので、両親には職場の最悪な状況は言わないようにしていました。

 

 

ただ私の帰りが異常に遅くて朝は早い生活に急に変わったので、当然不振に思いますよね。

 

 

不信に思った両親は、毎日のように「そんな会社は今すぐ辞めろ!花に拘るのはもうやめて普通の仕事をしろ!」と責められました。(普通=OLの事です)

 

 

もちろん親なので私の将来を思っての事なのは分かっていましたが、辛かったです。

 

 

だって、ここからキャリアを積んで頑張りたいと思っていたから・・・

 

 

最悪な環境でしたが、異動できる可能性もありましたし直ぐには判断できなかったんです。

 

 

ですがやっぱり、毎日屈辱的な思いで働かされることに耐えられず、半年で辞めてしまいました。

 

 

業界最大手と言われる会社があまりに酷い環境だったという事がトラウマになり、私はお花の仕事そのものが嫌になってしまいました。

 

 

それからというもの私は自分に対して完全に自信を失い、やりたい事も無く働く気力もなくなり、実家で1年間ほど、ほぼ引きこもりのような暮らしをしていました。

 

 

当時26歳。

 

 

同年代の友人は順調にキャリアを積んでいる人もいれば、結婚して家庭を持つ人もいて、それぞれの生活の基盤を徐々に積み上げていっている時期。

 

 

かたや私は、仕事に挫折し、お金もない、気力もない、結婚もしない、実家で自分の部屋に引きこもるニート生活・・・

 

 

申し訳ないとは思いつつ、親ともできるだけ顔を合わせないようにしました。

 

 

当時は5年付き合っていた優しい彼氏がいて、そんな私をとても気遣ってはくれましたが、この状況で結婚は考えられませんでした。

 

 

もちろん救われる部分はとても大きかったですが、その時の自分には「感謝」という気持ちが全くありませんでした。

 

 

全てに引け目を感じ、どんどん自信を失い、こんなに落ちぶれてしまった自分が嫌だという気持ちだけでいっぱいいっぱいでした。

 

 

どうにかしないとこのままでは本当に腐ってしまう・・・

 

 

1年くらいが経ちそんな思いが芽生えだした頃、たまたま見ていた求人雑誌に見覚えのあるロゴを見つけました。

 

 

それはとあるショップのロゴでした。

 

 

私がお花の勉強を始めた頃、とある商業施設に一風変わった観葉植物のお店があったのです。

 

 

植物だけではなくインテリア性が高い花瓶や雑貨、植え込みなどが並び、洗練されていておしゃれなのにどこか親しみやすい。

 

 

お花は一切なくグリーンだけの空間・・・

 

 

素敵!
こんなお店で働いてみたい!
仕入れや販売の仕組みを知りたい!

 

当初そう感じていた店を運営する会社が求人広告を出していたのです。

 

 

すぐさま応募しましたが、その後待てど暮らせど連絡がない・・・

 

 

諦めかけた頃にやっと面接希望の連絡があり、植物の販売経験があった私は一発合格したのです。

 

 

ちなみにその頃私はいつもはしないスポーツをやって、コケて左足の小指の付け根を骨折していたので、ギブスをつけ松葉づえで面接に行ったのを覚えています。

 

 

水を得た魚のように働きまくった結果

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3回目の転職で入社した会社は、都心の商業施設や路面店などにいくつも店を構えるような会社でした。

 

 

私は憧れのショップで働けるようになった事の喜びでワクワクしていました。

 

 

代替わりで就任した2代目社長(元社長の息子)はとても斬新なアイデアの持ち主で、地元の福岡から東京と大阪への出店を成功させたことを川きりに、次々と新しい店をオープンさせていて会社として伸び盛りの時でした。

 

 

そんな会社に身を捧げ、私は水を得た魚のように仕事に没頭しました。

 

 

入社二年目で関東地区に転勤し、新規出店や催事のために色々な店舗を回りながらスキルを身に付けました。

 

 

数年後、地元の福岡に戻ってからは店長としていくつかの店舗を担当しそれなりに結果も出してきました。

 

 

仕事に対する自分なりの考えや拘りも備わってきて、トラブルがあった時はむしろこの状況にどう対応していこうか、なんてところにモチベーションを抱くようにさえなっていました。

 

 

なので良いか悪いか会社にはとても重宝されました。

 

 

今思えば、多少無理言ってもどうにかしてくれる都合の良い社員だったと思います。

 

 

最終的には統括マネージャーとして10店舗ほどのお店の運営や店長のフォローなどをする本社の仕事を任されるまでになっていました。

 

 

転勤や異動を計8回繰り返し、決して順調だったとは言えませんが会社に尽くしてそれなりに結果を出してきたので、自分で言うのもなんですが同世代の中では出世した方だと思います。

 

 

会社に尽くせば尽くすだけ状況は厳しくなる

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今の時代は一つの会社に5年以上も務めていれば、それだけで「凄いね」と言われる時代です。

 

 

なので16年以上も同じ会社にいたとなると、友人からは、よほど居心地が良い会社なのだろうと言われていました。

 

 

確かに、ある一定の時期までは居心地が良かったかもしれません。

 

 

次々と起こる変化を活力に変えられるほどの気力と体力があったころは、目の前の仕事や結果を出す事ばかりに気を取られていてましたし。

 

 

必ずその先に明るい未来があるのだと、毎週火曜日の朝礼で信じ思い込こまされていました。

 

 

 

でも、だんだん気付いてくるんです。

 

 

 

お店は常にギリギリのスタッフで回しているのでそう簡単に休めませんし、店長になればたとえ公休日でも他のスタッフに気を使わなければなりません。

 

 

都市型の商業施設は台風だろうと大雪だろうと誰かが店を開けなければいけませんし、年末年始やゴールデンウィーク、お盆なんかの、世間一般でいう大型連休なんて

 

 

もちろんありません。商業施設によっては年中無休で営業するところもありますから、大晦日には翌日の初売り準備のために深夜まで残業して、家に帰りつく頃には年が明けていた・・・

 

 

なんて時にはさすがに何とも言えない虚しさがあります。

 

 

新規出店ともなれば、通常の仕事に加えてやらなければならないことが増えるので負担は大きいですし、オープン前後は休みなく深夜まで残業です。

 

 

しかも、会社の要望に応えようといくら頑張っても、月に貰えるお給料は1か月をギリギリで生活できるくらい・・・

 

 

マネージャーになったらなんと!残業が付かなくなったのでよほどの結果を出さない限りは昇給は皆無でした・・・(苦笑)

 

 

会社員は長くいればいるほど責任だけが増えて、収入は増えないとはまさにこのことです。

 

 

 

30代後半になり、ある程度のポジションも確立しているのにお給料が全然増えない現実・・・

 

 

繁忙期のあとは体調を崩すようになり、昔のように気合だけでは乗り切れない体力の限界を感じている自分・・・

 

 

 

いつになったら長期休暇が取れるようになるんだろう・・・

 

いつになったら仕事が楽になるんだろう・・・

 

いつになったら、満足な収入が得られるんだろう・・・

 

いつになったら、お金の心配をしなくてよくなるんだろう・・・

 

わたしはいったい、何のために、誰のために、こんなにあくせく気が休まらない日々を送ているんだろう・・・

 

 

この状況で働き続けることは到底できない。

 

 

なんとか人生を好転させる一手はないものか!

 

 

いつしか、私はこんな風に考えながら仕事をするようになっていました。

 

 

周りでは、ある意味責任のない人たちが結婚や気まぐれであっさりと会社を辞めていく・・・・

 

 

そういった人たちを横目に見ながらも、実は羨ましく感じていました。

 

 

先が見えず、精神的にとても辛かった時期です。

 

 

 

最大の精神的苦痛は両親との関わり

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私の家は典型的なサラリーマン家庭で転勤族。父は仕事一筋であまり家にいない人で、母はそんな父を献身的に支える専業主婦です。

 

 

子供の頃は特に何不自由なく育ててもらいましたが、世間体や一般常識をとても重視する両親だったので、甘やかされた記憶はありません。

 

 

出張や異動を繰り返し、不規則で休みもまちまちな私の仕事を、両親は良く思っていませんでした。

 

 

それに加えて結婚の予定もない・・・

 

 

なので仕事から帰るといつも不満を言われて毎日のように口論になっていました。

 

 

そんなストレスに耐えきれず、私は実家を出て独り暮らしをしていました。

 

 

両親の中の常識から外れた私は本当に何とかしたい対象だったのでしょう。(私は3人兄姉の末っ子で、他2人は既に結婚して上京していました)

 

 

ある時から異常なほど私に執着するようになったんです。

 

 

 

結婚のことはどう考えてるの?

 

将来はどうしていくつもりなの?

 

いつまでこの仕事するつもり?

 

資格を取って定年まで働ける安定した会社に転職しなさい。

 

土日が休みの仕事を選びなさい。

 

私たちの言うことを聞かないからあなたは惨めな状況になっていることに気づきなさい。  

 

将来1人でどうやって生きていくつもりなの。                            

 

etc etc・・・

 

 

事あるごとに呼び出されて、毎度毎度同じことをきかされ顔を合わせる度に喧嘩になりました。

 

 

「そんなことわざわざ言われなくても、一番なんとかしたいと思っているのは私なんだよ!!」って。

 

 

だからといってなんでもいいわけじゃありませんし、私は私自身がが興味がある事、好きな事、好きな人を選んで生きていきたい。

 

 

ただそれだけなんです。

 

 

両親は私のそんな声には耳を傾けることなく、私の知らないところで勝手に結婚相談所に申し込み、両親が選んだ男性のデータを見せてきたり、顔を合わせるのが本当に嫌で連絡を取らないようにしていると、私が働く店までやってきて話を聞かないと店先で怒鳴られたこともあります。

 

 

親のエゴは恐ろしいです。

 

 

そんな状況が長く続くと精神的に滅入ってしまい、特にその頃は本当に情緒不安定で、一人でいると勝手に涙が出てきました。

 

 

私は生きてる価値はない。このまま死んでしまった方がよっぽど楽なのかもしれないとさえ考えるようになりました。

 

 

頭に500円玉くらいの大きなハゲが二つもできてました。

 

 

ですが仕事をしているときは目の前の事に集中できたので、現実逃避をするかのようにさらに仕事に打ち込みました。

 

 

少しでも前向きに考えられるようになろうと、コーチングを受けたり、引き寄せなどのスピリチュアルの本を読んだり、コミュニティに参加したりして自分を見失わないように努力もしてきました。

 

 

良くも悪くも親の影響は絶大です。親が子に良かれと思ってすることはその殆どが子供の足を引っ張ると考えておいても大げさではないです。

 

 

いっそ親の言うことを何の疑いもなく受け入れる主張のない子供になった方がどれだけ楽だろうかとも思ったくらいです。

 

 

でももしそうなったら最後、自由に自分らしく生きるなんて到底できるわけありませんよね。

 

 

 

ふつふつと芽生えだす自由への願望

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・頑張っても頑張っても豊かにならない環境。

 

・体力と気力の限界。

 

・親はまともに関われない、苦しい関係、葛藤。

 

 

30代後半にして先の見えない現実に苦しみましたが、「このままではいけない」という強い思いは消えていませんでした。

 

 

自分の人生こんなこんなもんじゃない。このままで終われるはずがない。

 

 

ただ、新たにやりたいことが無く悶々とする日々が暫く続きました。

 

 

転職活動をしてみてもワクワクしないし、会社が変わるだけで状況は変わらないことは分かっていました。

 

 

独立して小さな店を持つことも考えましたが、今まで複数の店舗を抱えてきたので在庫を持つことのリスクや、お店を持つ事によって身動きが取れなくなるストレスは十分に理解していました。

 

 

それになるべくなら人とも会いたくないというところまで神経はすり減っていましたし、そもそもお店を出せるような資金などどこにもありません。

 

 

何をどうしてよいのか分かりませんでしたが、今までの経験からこれだけは嫌だということは明確に分かっていました。

 

 

・ひとつの場所に縛られたくない 

 

・誰からも干渉されたくない(人と会いたくない)

 

・時間に追われてせかせかしたくない

 

・お金の心配をしたくない

 

・通勤をしたくない

 

・穏やかな気持ちで暮らしたい

 

 

そんな感じで悶々としながらもいずれ退職することを見越して、副業として一人で始められることはないかと夜な夜なネットで検索しまくる日々。

 

 

そうしているうちに、ネットで仕事が出来ないかと思い始め、たまたまヒットしたのがアフィリエイトというものでした。

 

 

 

導かれるがままにアフィリエイトで生きていく事を決断

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ちょうどその頃、会社で耐えがたい人事通達がありました。

 

 

私が唯一、社内で一緒に働きたくないと思っていた大嫌いな人と、10年ぶりにまた同じ環境で働かなければならなくなったのです。

 

 

相手は職場の先輩ですが部下でもある・・・というやりずらい立ち位置でもありましたが、相手が私に敵意むき出しなので対応に困っていました。

 

 

今まで大抵の無理難題は受け入れてきましたが、ここにきてそのような状況で働く気には到底なれませんでしたし、もう会社を辞めていいよと誰かに背中を押された感じがしてなりませんでした。

 

 

それで、その時アフィリエイトはまだスタート地点にも立てていませんでしたが、思い切って会社を辞めることにしました。

 

 

一緒にいたい人は自分で選びたいし、私にはその権利があるはず!

 

 

会社には色々な事を言って引き留められましたが、もう他人の利益のために自分を犠牲には出来ないと思いました。

 

 

アフィリエイトの存在を知ってからというもの、自由への願望が日に日に増して、我慢しながら働く事が本当にばからしくなりました。

 

 

通勤する事さえ時間を無駄にしていると思うようになりました。

 

 

こんなことに気づくまでに随分長いことかかりましたが、一生気付けない人もいるので気付けた自分を誉めてあげたいです。

 

 

それから、微々たる蓄えと家賃や食費などの必要経費を洗い出して、半ば強引に会社を辞め、6か月後にはアフィリエイトで収入を得られるようになろうと決めたのです。

 

 

 

一度は挫折。押し迫る不安の日々に一筋の光

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会社を辞めよう決めたころ、なんだかよくわからないけどアフィリエイトというものに可能性を感じた私は早々に独学でブログの立ち上げに着手しました。

 

 

パソコンは初心者並みでスキルは皆無でしたが、ネットで検索しながら見よう見まねで、最初はワードプレスで自分のブログを作りました。

 

 

しかしそれから何をどうしたら良いのかさっぱり分からなかったので、出来るだけ最短で結果を出したいという思いである初心者向けのコンサルに申し込みました。

 

 

2か月間のコンサルでしたが、その時に立てた目標の、『半年後にはアフィリエイトで月収30万稼げるようになる』 を目指して取り組みました。

 

 

それから2か月間、コンサルの流れ通りに比較的順調に事は進んでいたと思いますが・・・・後から思えばとっても遠回りをさせられました。

 

 

2か月後の成果は、ハピタスポイント約26000円分と、プロフィールも何もないコンテンツがスカスカのままやっとグーグルアドセンスの審査に通っただけのブログサイト・・・

 

 

そして、ハピタスポイントを獲得するために登録した大量のクレジットカードやFXのアカウント登録完了の証明書たち・・・

 

 

2か月後、次の段階に進むための高額なコンサルの勧誘がありましたが信用できずそれには申し込みはしませんでした。

 

 

やはり自力でブログを充実させようという考えに至り、ネットの情報を頼りに色々と試みた結果・・・挫折。

 

 

大切な時間とお金を無駄にしてしまった後悔と、頑張れなかった自分が情けないのと、その後は何に向かって進めばよいのかも定まらず、気ずけは仕事をしなくなって丸5か月が経っていました。

 

 

計画ではアフィリエイトで収入を得ている頃・・・・なのに何一つ結果を残せていない現実。

 

 

貯金の底がうっすら見えてきたとき・・・・猛烈な不安が襲ってきました。

 

 

このままでは本当にヤバイ!また会社の都合にばかり振り回される人生に逆戻りなんて絶対に嫌だ!

 

 

不安に押しつぶされそうになりながらも、私の頭には就職するという考えはありませんでした。

 

 

せっかく会社の縛りから解放されて自由になり、経済的自由を手にする手段も分かっているのに、ここで諦めるなんて出来ません。

 

 

でも、最低限の生活費は確保しなければ、精神的に参ってしまいます・・・

 

 

いざという時は、融通のきく派遣でもなんでもやりながら、1年くらいは細々とした生活を送りながらでも、アフィリエイトを続けることを優先しようと決めていました。

 

 

それなのに、ここにて挫折は計算外でした。

 

 

しかし、そのように途方に暮れているときあるブログが私の目に留まりました。

 

 

そのブログでは、

 

『本当に幸せな世界は4つの自由を手に入れることで得られるのだ』

 

 

という、ブログ作者の強い信念が静かに、熱く語られていました。

 

 

4つの自由とは、時間、場所、人、経済の自由です。

 

 

夢中で読み進めながら、みるみるその内容に引き込まれる自分がいました。

 

 

一度は諦め途方に暮れていたところでしたが、進むべき方向に光が照らされ、よどんだ心がぱーっと明るくなった感覚。

 

 

私が望むことは間違っていなかったという確信。

 

 

そうして私はそのブログやメルマガのおかげで、もう一度アフィリエイトに挑戦しようと心に決めたのでした。

 

 

ここから本当の、私のアフィリエイト物語のはじまりです。

 

 

 

こちらの記事もどうぞ
私が本気でアフィリエイトをやろうと思ったきっかけ

 

 

 

 

 

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