誰かの手助けができる心の余裕ありますか?

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身の回りにいる人が何かで困っていたり手助けが必要な時に、自分が何かしてあげたい、役に立ちたい思う人は、誰もが思う事ではないでしょうか?

 

 

それが昔、衝突ばかりしていた両親であっても、いざ手助けが必要な場面に直面した時には、せざるを得ない心境や状況になったりするものですよね。

 

 

実は私自身も、両親とはつい最近まで衝突ばかりしていましたが、自分が親の手助けをする状況になるのは、そう遠くはない未来だと感じていました。

 

 

先日、実家に行ったときに珍しく父と2人で少し話をする機会がありしました。

 

 

昔から衝突ばかりしていたので、今でも実家に行くのは多少気が引けるところはあるのですが、両親も年を取り身体のあちこちに支障が出てきているので、定期的に顔を出すようにしています。

 

 

父と話す内容は、父の趣味や体調のことなど、他愛もない話ばかりでしたがそのなかで母のことについてお願いされたのです。

 

 

その内容は、もともと悪かった膝と腰の治療に専念したいと思っているので何かあったら手助けして欲しい、との事でした。

 

 

例えば手術をすることになったら、リハビリなどで1〜2か月は入院する事になるでしょうし、その間父ひとりで母の世話をする自信がなかったのだと思います。

 

 

自分が年を取れば親も年を取っていますので、特に私と同じような世代の人は他人ごとではないのではないでしょうか?

 

 

今回はそんな父との話の中で私が感じたことを書いていこうと思います。

 

 

 

みんな誰かの役に立ちたい、手助けしたいと思っている

身の回りにいる人が何かで困っていたり、手助けが必要な時に自分がなにかの役に立ちたいと思う人は、正常な感情の持ち主であれば誰もが思う事ですよね?

 

 

今回は両親の事ですが、親以外にも兄弟や、親友、会社の同僚など、肉親や昔から繋がりがある人になにか相談されたり、たまたま街で見かけた身体の不自由な人や、バスや電車に乗れないベビーカーを押すママさん、迷子の子供など、その対象となる場面に遭遇することがあると思います。

 

 

親しい度合いや緊急性にもよると思いますが、そのような事に直面した時というのは、私自身いつも自分の心の状態を知ることになるのです。

 

 

どういう事かというと、そのような場面に遭遇した時に『自分は何を優先しようとするか?』で自分の心の余裕度がわかるといったら良いでしょうか。

 

 

一番分かりやすいのは、街で困っている人を見かけた時ですね。

 

 

多くの人が行き来する駅の長い階段を目の前にして立ち往生している、ベビーカーと沢山の荷物を持ったママさんはよく見かけますが、すぐさま声をかけて手助けできるのは、間違いなく自分の心に余裕があるときです。

 

 

それ以外にも、親や友人の頼みを聞いたり、手助けしたいと思って実際に行動できるのは、自分の心に余裕があるときしか出来ません。

 

 

きっと皆さんにも思い当たることがあるのではないかと思います。

 

 

手助けしたいと思っても現実的には行動に移せない人がほとんど

手助けが必要そうな人が目の前に現れても、実際にその人の手助けをするという行動に移せる人は少ないです。

 

 

実際私は、人込みで困ってそうな人を横目にさっそうと通り過ぎていくサラリーマンやOLをよく目にします。

 

 

余談ですが、会社経営をしている私の知人は、出来るだけバズや電車に乗りたくないと言いいますが、その理由は人を押しのけて我先にと乗り込む人ばかりで、マナーも悪いので気分が悪くなるからだそうです。

 

 

私は会社員の頃にバスと電車を利用して通勤していましたので、知人の言っている事は確かに理解できるところがありました。

 

 

しかし、なぜそのような現象が起こるのかというと、やはりそれはその人たちが会社や仕事を第一優先にせざるを得ない状況で、自分の事だけで精一杯で心に余裕がないからなのです。

 

 

その人たちにも困っている人や手助けが必要な人は絶対に見えているはずですが、まるで視界に入っていないかのように見て見ぬふりをするか、『私にはもっと重要なミッションがある』といったようなオーラを放ち、我先にと立ち去る人ばかりです。

 

 

 

気持ちだけでは何の助けにもならない?

ただ、そういった人たちを責めるつもりはありません。

 

 

私自身、仕事や将来の不安にかられて自分の心に余裕がなかったときは、昔は何も考えずにできていた手助けも、「手助けしたいけど会社に間に合わない」とか、「忙しいから役には立てない」などど罪悪感を抱きつつも、それができない時期もありましたから。

 

 

そのような心境になってしまう渦中にいる人は、何が正しいかが判断できない状態なのです。

 

 

会社勤めをしている人のほとんどは、会社や仕事を優先させなければならない世の中ですので、致し方ないのかもしれません。

 

 

しかし、これだけ豊かな日本が世界一貧しい国だと言われるのには、こういった背景もあるのではないかと思います。

 

 

ただ、最初に話した私の父のお願いのような場合、実際にあって助かるのは『人手』です。

 

 

ですので、週1〜2回の休みの日に少し手伝ったり、お見舞いに行くくらいでは、気休めにしかならず実際なんの役にも立たないわけです。

 

本当に欲しいのは、毎日の着替えを持って行ったり、洗濯したり、食事を作るなど日々の生活が少しでも楽になるような手助けになる行動です。

 

 

でも、会社勤めをしていたら現実的に無理ですよね?

 

 

気軽に何週間も有休をとれる会社などそうありませんし、逆に会社に迷惑が掛からないように気を使う事を優先してしまう人がほとんどなのではないでしょうか。

 

 

だから、自分の休みや仕事終わりの時間を使って、できることをしようとするのですが、それだは十分な手助けにならないので、自分の時間を費やしているにも関わらず、『申し訳ない』とういう気持ちが生まれます。

 

 

全ては、『会社や仕事を最優先にしなければいけない』という心に余裕がない人間を作り上げてしまう日本の教育や会社の風潮が、足かせになっているのだと思います。

 

 

誰にも迷惑をかけない自由があれば本当の意味で人助けできる

私の場合は、そういったこれから起こりうる未来を想定したときに、自分自身がそのような心境になりたくないという強い思いがありました。

 

 

それは、昔私が仕事ばかりを優先していた頃、家族が病気で入院した時でも仕事を理由にあまり関わらないようにしていた時期があったからですが、やはり心に余裕がなかったと思います。

 

 

心に余裕がないので、自分ばかりを優先してしまい、なかなか行動に移せませんでしたし、その一方で『申し訳ない』という気持ちが常に付きまといました。

 

 

でも、これからもっとそんな機会は増えてくると思ったので、その度にこの複雑なモヤモヤした感情で過ごすのが心底嫌だと思いました。

 

 

そのために、会社という場所や通勤という時間に縛られない仕事をすることが、自分がストレスを抱えない一番の解決策だと思ったのです。

 

 

それは同時に、会社の人たちや両親にも『融通が利かない』というストレスを与えなくて済むということでもあります。

 

 

そんな、願ったりかなったりの仕事はやはり、ブログアフィリエイトだけではないかと思います。

 

 

ブログアフィリエイトという仕事は、時間や場所の縛りはもちろん、人間関係や経済の縛りもなくなるので、だれに気兼ねする事も無く、要望に応えることが出来るのです。

 

 

仕事や会社を最優先にしながら、大切な家族や恋人をないがしろにしてしまう人は多いですが、そんな人たちだって心の奥底では『申し訳ない』とか『余裕ができたら何かしてあげたい』など、考えていると思います。

 

 

しかし、今の環境でそれが出来ないなら、その環境を変えない限りはその想いは一生消えることはないと思うのです。

 

 

頭では理解できるけど、環境を変える手段が分からないという人は、以下を視野にいれてみるのも良いと思います。

 

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